民主化運動の闘士だった金大中・元大統領と彼の選挙参謀をめぐる実話をもとにした韓国映画「キングメーカー 大統領を作った男」が日本でも公開中だ。
金大中をモデルにした人物は作中、「政治は手段ではなく理念が大事だ」と語り、勝利のために手段を選ばない参謀を最後は切り捨てた。
だが、生前の金大中氏と親交があった町田貢元駐韓公使(87)は「金大中こそ、権力を手に入れるため、手段を選ばない人物でした」と語る。(牧野愛博)
町田さんが金大中氏と初めて出会ったのは1973年11月。東京で金大中氏拉致事件が起きて4か月後のことだった。
ソウル・東橋洞の自宅を訪ねると、周囲の民家から男たちが飛び出してきて、「何の用だ」と尋ねた。金大中氏の動静を監視していた国家安全企画部(現国家情報院)の職員たちだった。
金大中氏の軟禁は、1988年に盧泰愚政権が誕生する直前まで続いた。町田さんはこの期間中、60回以上、東橋洞に通い、金大中氏との密談を続けた。
町田さんは当時の状況をこう明かした。
「まず居間に通され、簡単にお茶を飲んだ後、食堂で夕食をとりながら、3時間以上話し込みました。テーブルの上に数十枚の紙片と鉛筆があり、機微な話題が出ると筆談しました。安企部が盗聴していたからです。筆談が終わると、金大中が大きな灰皿を出してきて、そこに紙片を入れて焼きました」
金大中氏は筆談のなかで、「なぜ日本は、私のような民主主義闘争をしている人間を放っておくのか。もっと支援すべきではないか」と語ったという。
金大中氏にとって、町田さんは日本との大切な連絡役だった。
ところが、1997年12月の大統領選に金大中氏が勝利すると、突然態度が変わった。町田さんは大統領選直後、金大中氏と面会した。
「先生が大統領に就任したら、私は青瓦台(大統領府)を訪ねて、耳の痛い話もお耳に入れましょう」。町田さんがそう伝えると、金大中氏も「もちろんだ。ぜひ、そうしてくれ」と語った。
だが、その後の連絡には一切応じなくなった。
大統領として日本との正式な関係ができた以上、町田さんはすでに用済みの存在だった。
町田さんは金大中氏の側近だった権魯甲氏に「ひどいじゃないか。義理もへったくれもない」と言って抗議した。権氏は困った表情になり、「まあ、先生はそういう一面があるから。(元軍人の政治家で、金大中氏を支援した)趙治衡だって、必要がなくなると切り捨てたからね」と語ったという。
町田さんは「金大中は現実主義者でした。だから、日本文化の開放政策も日韓共同宣言も実現できました。30年以上の政敵だった金鍾泌(元首相)とも大統領選で手を握りました。権力の座に就くためなら手段を選ばない人物でした」と話す。
これに対し、映画はむしろ逆の演出とも言える。
ソル・ギョングが演じたキム・ウンボム(金大中をモデルにした人物)は、「無実の人が迫害されない世の中を作ることが私の大義だ」と語り、選挙に勝つために手段を選ばない参謀役のソ・チャンデ(イ・ソンギュン)を戒める。
町田さんは「それは、金大中が韓国の民主化運動の象徴だからでしょう。韓国の人々は、民主化を勝ち取った歴史に強い誇りを感じています。その象徴である金大中には、理想の人物でいてほしいと思うのでしょう」と指摘する。
一方、韓国政府の知人は「韓国では最近、左と右にはっきり分かれた作品が目立つ」と語る。
韓国の芸能人や文化人のなかには、ハリウッドのように政治的な主張をはっきり表明する人が少なくない。李明博・朴槿恵両政権時代には、政権に批判的な文化人らを抽出し、補助金を与えず、政府関係の仕事も回さないようにする「ブラックリスト」を作成していたことが後に明らかになり、世間の批判を浴びた。
この知人は「キングメーカーは進歩(革新)・左派が好む作品。だから、最初からマーケットが限られる。よほど娯楽性や話題性が大きくない限り、観客数も伸びない」と話す。
韓国では今年1月に封切られたが、観客数は約78万人にとどまっている。昨年の観客動員数1位だった「モガディッシュ」の約361万人はもちろん、同6位だった「鬼滅の刃 無限列車編」の約215万人にも遠く及ばない。
日本の研究者らによれば、韓国や中国では歴史を巡って、歴史的な史料に基づく検証を経た認識よりも、政治的、社会的に造られた「集団の記憶」が支持される傾向がある。
町田さんらの証言を聞く限り、「キングメーカー」は韓国の左派や民主化闘争にノスタルジーを感じる人たちに、深く感動を与える作品と言えるのかもしれない。
大阪商船三井船舶(現・商船三井)勤務を経て1991年、朝日新聞入社。政治部、全米民主主義基金(NED)客員研究員、ソウル支局長、編集委員などを経て2021年4月より現職。著書に「絶望の韓国」(文春新書)、「金正恩の核が北朝鮮を滅ぼす日」(講談社+α新書)、「ルポ金正恩とトランプ」(朝日新聞出版)、「ルポ断絶の日韓」(朝日新書)、「沖縄有事 ウクライナ、台湾、そして日本――戦争の世界地図を読み解く」(文藝春秋)など。外航海運会社で働いていたのはメールがないテレックスの時代です。記者になってからも、世界をのぞく仕事ができて幸せです。
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