贅婿

編集者の鄧科から「今どき経済小説なんて流行らない、もっとライトな別の小説を書け」と8年も連載してきた小説の打ち切りを命じられる作家。
作家は、その命令に従う代わりに「身分、容姿、境遇、全てを変えてでも、新たな物語の主人公も“江皓辰”にする」とたった一つの条件をだす。

“江皓辰”は、金融界を牽引する江遠集團のCEO。
自分を陥れ地位を奪った唐明遠が大規模建設の発表をする公園に乗り込んでいくが、逆に警備員から暴力をふるわれ、血だまりの中に倒れ込む…。
『完』こうして、8年の連載は幕を閉じる。

新小説<贅婿>

古代中国の武朝。
追っ手から懸命に逃げる江皓辰。
意識を失い、目覚めると蘇家の邸宅。
やって来た侍女の小嬋に、自分は何者なのかと尋ねると、彼女は怪訝な表情を浮かべながらも説明を始める。
「名は“寧毅”、字は“立恆”。この蘇家は江寧三大布商の一つ。明日は蘇家の檀兒お嬢様との婚儀ですよ。何も覚えていないのですか?」
この時初めて自分が“寧毅”という名で入り婿になると知った江川皓辰は、慌てて逃走を試みる。

寧毅の逃走に喜ぶのは、蘇家の分家である蘇仲堪と、彼の息子 文興。
二人が狙うのは、蘇家の家長 蘇愈が持つ実印。
本家の一人娘 檀兒が、貧乏書生の寧毅を婿に取れば、実印は彼女の手に渡ってしまう。
寧毅が逃亡し、仕方なく檀兒が外に嫁に行ってくれれば、しめたもの。
女なんて所詮無力。
親子は早速蘇愈に、明日の婚儀の取り止めを提案する。

その様子を陰で盗み見していた寧毅は、「なんで跡取りが女じゃ駄目なんだ?!」と反論。
「織姫、嫘祖、棉聖、昔から紡績業の傑物はみんな女性!
そもそも布を買いに来る客だってみんな女性だろ?!」
蘇愈は、寧毅の言葉に頷き、店を孫娘の檀兒に任せると宣言。

こうして、有ろうことか、寧毅は蘇家の入り婿となる羽目に…。



2022年4月初旬、チャンネル銀河にて始まった大陸ドラマ『贅婿(ぜいせい)ムコ殿は天才策士~贅婿 第一季』が約2ヶ月後の5月下旬、全36話の放送を終了。


良い意味で視聴に頭を使わなくて済む楽しいドラマなのではないかと予想して観始めたのだが、うーん…。
期待外れであった…。


概要

現地中国では、2021年2月から約1ヶ月に渡り愛奇藝 iQIYIで初配信。

原作は、憤怒的香蕉による同名web小説。

贅婿

憤怒的香蕉

憤怒的香蕉は、1985年、湖南省出身の作家。
“憤怒的香蕉(怒れるバナナ)”は当然ペンネームで、本名は曾登科(ゾン・ダンクー)


で、そのバナナの小説をドラマ化した監督はこちら(↓)

贅婿

鄧科 Deng Ke

鄧科(ダン・クー)は、1986年、貴州省貴陽出身。
2006年に入学した中國傳媒大學を2年生で中退し、学費を使って撮った短編『殺手阿勇』が、学生向けの映画祭などで数々の賞を獲ったことで中國電影集團の目に留まり、2009年に正式に契約を結んで本格的に監督業を始動。


贅婿

初めて日本に入って来た監督作品は 『駆け抜けろ1996~人不彪悍枉少年』
邦題の通り、1996年を背景に、高校生たちの一年を描く青春物語。
平たく言ってしまうと偶像劇で、なんてことないと言ってしまえばそれまでなのだが、日本でも地味に人気なようで、一時期当ブログでも各当記事に多数のアクセスが続いた。


贅婿

続く監督作品はガラリと異なり、 『紳士探偵L 魔都・上海の事件録~紳探』 『ミステリー IN 上海 Miss Sの探偵ファイル~旗袍美探』という民国期の上海を舞台にした探偵ミステリー。

同じ時代背景の探偵モノでも、作風は二作品で随分異なるし、『旗袍美探』の方は、オーストラリアのドラマのリメイクである。

で、今度は『贅婿』という時代劇ですよ。
一作一作全然違うものを見せてくれる監督さん。


キーワード:贅婿

“贅婿 Zhuìxù”は、ドラマのタイトルにもなっているくらいだから、重要なワード。

日本語では、“ぜいせい”と発音するのですね。
“贅”は贅沢の贅なので想像通りだけれど、“婿(むこ)”を“せい”と読むことは、このドラマの日本上陸まで知らなかった。
(中国語の発音なら分かるのに、日本語の読み方が分からないのは、日本人中国語学習者に有りがちですよね…。)


その“贅婿”は、入り婿婿養子の意味。

古代中国では、婿養子に入ることを“入贅女婿”と優雅に表現し、それの略称が“贅婿”。
(棚から牡丹餅、略して“棚ボタ”みたいな…?)

“贅肉”という言葉からも分かるように、“贅”の字には“余計なもの”、“無駄”という意味あり。
陝西師範大學歷史文化學院の于賡哲教授によると、秦代漢代には他にも意味があり、最古の漢字辞典<說文解字>には、抵当や(物や労働による)借金の弁済と説明されているという。

中国も日本と同じで、結婚は女性が男性側の家に入る形が主流だが、家督を継ぐ男児がいない場合などは家系を絶やさぬために、女性側の家が婿を迎い入れる。
経済的に厳しい家の息子が、裕福な家の娘に嫁ぐというケースはやはり多く、婿は妻の親を自分の親として敬い、生まれた子は妻側の姓を名乗り、家督を継いでいくことになる。

日本の時代劇でも、借金のかたに女郎屋に連れて行かれる若い娘とかいるけれど、抵当品同様に嫁がされた贅婿は、今以上に男尊女卑の風潮が強い昔でもなお地位が低く、見下される傾向があったという。


物語

金融界で成功を収めたものの、策略に嵌ってしまった現代ビジネスマン江皓辰が、古代 武朝の江寧で“寧毅”という貧乏書生に転生、借金のカタに富商 蘇家の入り婿となり、現代の知恵を活かしながら、妻 檀兒のサポートに留まらない活躍をする姿を時にコミカルに時にシリアスに描く、時空を超えた婿養子奮闘記


色んな要素を含むので、過去のドラマと重なる部分もある。

贅婿

『花の都に虎(とら)われて The Romance of Tiger and Rose~傳聞中的陳芊芊』

どこの国にも今なお多かれ少なかれ残る男尊女卑の風潮。
『贅婿』では、主人公 寧毅が男性でありながら入り婿という弱い立場。
男女の立場を入れ替え、敢えて“女尊男卑”を描くことで、男尊女卑の問題を浮かび上がらせ、男女平等のメッセージを込めるという点では『陳芊芊』に近い。


贅婿

『大唐見聞録 皇国への使者~唐磚』

『贅婿』の主人公 寧毅は、立場の弱い入り婿だが、妻の家で虐げられるどころか、頼りにされる。
なぜなら寧毅は本来現代のやり手ビジネスマンだから。
現代の知識を活かし、古代の人々を驚愕させ、重用される寧毅は、現代から唐に迷い込み、朝廷で大出世していく『唐磚』の主人公 雲燁にも似ている。


こうして、古代 武朝の江寧で商才を発揮し、婚家を盛り上げる入り婿 寧毅の細腕繫盛記!
…と、ここまでなら私が予想していた通り。

が、実際の『贅婿』は、そこに留まっていない。
ハネムーンで訪れた霖安城で、賊寇に襲撃されたのをきっかけに、ドラマは様相を変えていくのだ。

贅婿

寧毅の才覚は賊寇までもを感嘆させ、いつの間にか組織の中で軍師に…!

別に寧毅は軍師に祭り上げられ、浮かれていない。
はぐれて消息が分からなくなった妻 檀兒を探し出し、江寧に戻りたくても、それが出来ないから、賊を欺き、軍師として組織に留まり、霖安脱出の機会を窺っているのだ。

その頃、武衛軍の大将軍 董道甫は、賊寇に占領された霖安の奪還に動きだす。
寧毅は、賊寇から信頼されているのをいいことに、董道甫と連携する密偵司の指揮使に。
そう、敵陣に潜伏するスパイ、 『インファナル・アフェア』の梁朝偉(トニー・レオン)状態!

ドラマはいつの間にか、すっかり武俠ドラマ戦国時代劇諜報モノの様相。

前半と後半でまるで別物、それがドラマ『贅婿』!


なお、原作小説は、かなりヴォリュームのある大作。
一般的には“男性向け”と言われ、実際、読者の大半は男性らしい。
しかも、掲載が始まったのは2011年と、もう随分前であるため、ドラマ化するにあたり、脚本にはかなり大胆なアレンジが施されたようだ。

鄧科監督曰く「小説の根幹は損なわぬよう保ちながら、ドラマ向けに改編しました。男性とか女性といったことは問題ではなく、ドラマの重要な柱として描かれているのは、名も無き小人物がどのように逆襲していくかの物語。また、言うまでもなく、男女平等や一夫一婦などは現代社会の共通認識なので、原作小説から脚色する際、そういう点も意識しました。」



時代背景

『贅婿』で描かれる“武朝”は架空王朝。

それでも、参考にした実在の王朝があるのでは?と考える視聴者は多いですよね。
いくつか候補はあるけれど、最有力と目されているのが

その根拠をちょっとだけ挙げておく。

皇帝の名

贅婿

『贅婿』に登場する武朝の皇帝の名は“周喆”
歴史上には存在しない架空の皇帝である。

しかし、これが(少々無理矢理にも思うが…)宋のお馴染みの皇帝 徽宗(1082-1135)の名“趙佶”と字ヅラが似ていると感じる視聴者が結構いるようだ。


対外政策

皇帝の名前が似ているか否かという曖昧なことより、もっと分かり易いのが、『贅婿』に描かれる武朝の対外政策。

取り敢えず、地図をチェック。

贅婿

武朝の北方には、“靖”“梁”という二国。

北方では靖國と梁國の衝突が絶えないが、武朝は長年梁國に莫大な歳幣を納めることで、なんとか安定を保っている。
朝廷内では、いい加減攻め込むべきとの声も上がっているが、皇帝はのらりくらりで消極的。

着目すべきは、武が“朝”であるのに対し、靖と梁は“國”
この事からは、唯一の王朝は武で、靖と梁は遊牧民政権国家であることが窺える。

これで気付く人も多いと思うが、ドラマは宋の燕雲十六州奪還を描いているのです。
つまり、武朝=宋朝梁=遼靖=金
(ドラマだと、靖の君主が“百里”姓なので、異民族設定ではないのかも。)

なお、燕雲十六州は、ドラマの中では、“青雲六州”と表現されている。





地理を見たついでに、街の名称にも触れておく。

主人公 寧毅が暮らす江寧は、恐らく現在の南京を指している。
南京は歴史上何度も改称されており、北宋の頃は“江寧”。

ドラマ後半の舞台となる霖安は、杭州と推測。
杭州は北宋の頃も“杭州”だが、南宋だと、ドラマの“霖安”と同音の“臨安”になっている。


誕生はいつ?:皮蛋の起源

私がドラマ『贅婿』を観ながら、歴史的背景が気になったのは、皮蛋(ピータン)に関するくだり。

贅婿

主人公の寧毅は、新門藝館の元人気芸妓 聶雲竹から世話になったお礼に、彼女に皮蛋の作り方を教え、商売をするよう助言。

贅婿

馴染みがない上、変わった味の皮蛋は、最初こそまったく売れなかったが、食べ方のアレンジを提案することで、徐々に評判となり、ついにはフランチャイズ展開するほどの人気に。


私自身は皮蛋が苦手ということもあり、これまで皮蛋の起源なんて考えたこともなかった。
ドラマ『贅婿』で見たら、ちょっと気になり、調べてみたのだが、発明者など起源ははっきり分かっていないようだ。

一説には、明の泰昌年間(1620年8月-12月)江蘇吳江にあった繁盛している茶館で、飼っていたアヒルが灰の中に産み落とした卵に忙しい店主が気付かず、そのまま放置、後々発見し、試しに殻をむいたら、黒光りする不思議な物になっていた…、といもの。

また、<益陽縣誌>には、明代初期湖南益陽で、飼っていたアヒルが馬小屋で産み落とした卵が、馬の尿がかかったワラ灰の中で熟成し、2ヶ月後に発見された時には、蛋白質が凝固した不思議な物に変異していた、と記載。

また、皮蛋の製法が記されている最も古い文献は、明 弘治17年(1504年)に書かれた<竹嶼山房雜部>


 皮蛋の起源:結論  皮蛋の起源は“諸説あり”
他の多くの不思議な飲食物と同じで、“偶然からの誕生”とみる向き。
誕生時期は、具体的には特定できないが、ざっくり明代


人物相関図

贅婿

一応、人物相関図を。

『贅婿』のキャスティングの特徴は、大ヒットドラマ『慶余年 麒麟児、現る~慶餘年 第一季』のキャストを数多く起用していること。

あっちにもこっちにも…、本当に大勢 from『慶余年』
『慶余年』ファンはご自身で探してみて下さいませ。


大陸ドラマ『慶余年 麒麟児、現る~慶餘年 第一季』




キャスト その①:キレ者 贅婿

贅婿

郭麒麟(グオ・チーリン/かく きりん):寧毅/立恆


現代では“江皓辰”という金融界を牽引する江遠集團のCEOであったが、策略に嵌り、全てを奪われ、ふと気付くと古代 武朝で“寧毅”なる貧乏書生に転生。
いきなり「入り婿として、明日は蘇檀兒との婚儀」と聞かされ、びっくり。

元々寧家は蘇家と昵懇であったが、その後没落。
寧毅の両親はすでに亡く、残ったのは、蘇家からの借金。
そこで、借金のカタに蘇家の一人娘 檀兒のおムコ樣に。

いざ結婚しても、当初檀兒とはただのビジネスパートナー。
寧毅は現代の知恵を活かし、蘇家の生業である布の商売を盛り上げるばかりか、飲食業にも進出。

心の片隅で「ずっと格上で美人のお嬢様が自分のことなんか好きになるわけがない…」と割り切っていたのに、いつの間にか檀兒の気持ちもガッチリ掴み、真の夫婦になっていく。





贅婿

ドラマ『贅婿』のポスターなど広告ヴィジュアルにしばしば豚が描かれているのは、中国人にとっての有名な贅婿が、かの<西遊記>の猪八戒という事も関係があるのかも知れない。


が、もう一人“贅婿”の代名詞になっている人物が。

贅婿

こちらは実在で、戦国時代の齊の政治家 淳于髡(紀元前386-紀元前310)。
背が低く醜かったと言い伝えられている淳于髡は、奴隷の身分でありながら、才覚を発揮し、立身出世で威王(紀元前378-紀元前320)に仕えた人。

『贅婿』の寧毅は、商才を発揮し、妻の実家の商売を成功させるだけではなく、右相 秦嗣源からも引き立てられ、ゆくゆくお国のために活躍することになるのだから、もしかして齊の贅婿 淳于髡を少し意識して作られたキャラクターなのかも知れないと想像した。





扮するは、郭麒麟(かく きりん)

小説<贅婿>の主人公 寧毅のみならず、その小説を書いた作家という設定で、ドラマ初回と最終回にも登場。

贅婿

郭麒麟は、1996年、天津出身、著名な声相(“中国の漫才”的話芸)芸人 郭德綱(グオ・ダーガン)の息子で、自身も父が創設した声相集団 德雲社に所属する声相芸人。

声相を知らない多くの日本人にキリンを知らしめたのは、きっと『慶余年』ですよね?

贅婿

『慶余年』でキリンが演じているのは、主人公 范閑の弟(実際には血縁なし)范思轍
やはり商才がある役。
キリンはさすが声相芸人だけあり、素直な守銭奴を人懐っこく、面白く演じている。
私は『慶余年』のその范思轍を見て、「キリンは、コミカルからシリアスまで、仲野太賀がやりそうな役なら大抵いける」と感じた。

鄧科監督もまたお笑いだけではないキリンの別の引き出しに興味をもったよう。
キリン起用の要因は、遡ると鄧科監督が観た舞台劇。
そのお芝居で、戦乱期に変化し成長していくごく普通の人を演じるキリンを見て、彼は人々がイメージするただの喜劇役者ではなく、もっと多くの引き出しを持っていると感じたという。


こうして主人公として起用された『贅婿』でのキリンは、実際、コミックリリーフとして登場する『慶余年』の范思轍より、色んな表情を見せている。

見た目は相変わらず地味。…生き馬の目を抜く大陸芸能界で活躍できているのが不思議なくらい地味。
『慶余年』では感じなかったが、今回『贅婿』では、角度によって、男版いとうあさこに見えた。

なのに、演じる寧毅は、理知的で人柄もよく、女性にも結構モテる。

贅婿

普通のドラマだったらイケメンアイドル俳優が演じるようなキャラクターである。

実際、古代で転生する前、“江皓辰”と名乗っていた現代での寧毅は、見た目からして別人。

贅婿

張若昀(チャン・ルオユン):江皓辰

『慶余年』で范思轍(キリン)のお兄ちゃん范閑だった張若昀が友情出演♪





ちなみに、『慶余年』での范思轍の両親も『贅婿』に出演。

贅婿

高曙光(ガオ・シューグアン)
『慶余年』范建→『贅婿』秦嗣源

武朝の右相。
失脚し、江寧で隠遁中に寧毅と知り合い、身分を伏せたまま、年の離れた友人として交流し、寧毅の才能を見抜く。
朝廷に復帰する際、“秦”のネーム入り匕首を寧毅に授ける。
その匕首は、黄門様の印籠のごとき効力を発揮し、幾度となく寧毅を助ける。


贅婿

趙柯(ジャオ・クー)
『慶余年』柳如玉→『贅婿』姚萍兒

蘇檀兒の母。
『慶余年』ではキリンの実母だった趙柯は、『贅婿』では彼のお姑さんになったわけだ。
前出の男性二人と比べ、趙柯は両作品でスタイリングに大差がないため似た雰囲気。
強いて言うなら、『贅婿』の方がメイクがちょっとナチュラルで、優しく明るい女性に見えるかも。



キャスト その②:ムコをとる商家のお嬢

贅婿

宋軼(ソン・イー):蘇檀兒

江寧三大布商の一つで、澄化年間に創業した“蘇氏布行”のお嬢様。
女性は家の中でおとなしくしている時代に、父の反対を押し切り、子供の頃から染織を学び、家業に従事。

無能な怠け者なのに、男というだけで財産をせしめようとする従兄 蘇文興から家業を守り、祖父から正式な後継者として実印を授かるため、貧乏書生の寧毅に「実印させ手に入れば、自由にしてあげる」と条件を出し納得させ、婿として迎える。

そんな割り切った形ばかりの結婚だったのに、寧毅は意外にも“当たり”の夫。
誰もが思い付かない斬新な方法で(←だって中身は現代人)商売を繁盛させたり、何かにつけ窮地で救ってくれる頼れる寧毅に、いつの間にか本気でフォーリンラヴ。





扮するは宋軼

宋軼もまた『慶余年』のキャスト。

贅婿

『慶余年』で演じているのは、主人公の妹 范若若
そう、范思轍(キリン)の姉(同父異母)である。
『慶余年』の姉弟が今度は夫婦に!というキャスティングは、『贅婿』のちょっとした話題。

原作小説での蘇檀兒は、寧毅より2歳年下という設定らしいが、演じている宋軼は、1996年生まれのキリンよりずっとお姉さんの1989年生まれ。
『贅婿』でもやはり、しっかり者の姉さん女房っぽい雰囲気を感じた。





そして、蘇檀兒と言えば、ついでにこちらも(↓)

贅婿

王麗娜(ワン・リーナー):小嬋

蘇檀兒の侍女。

原作小説での小嬋も、蘇檀兒に仕える侍女であることには変わりないのだけれど、それだけではなく、寧毅の側女となり、“寧忌”という寧毅の次子まで産むのだと。

いやいや、それどころか、原作小説での寧毅は、小嬋以外にも複数の側女がいるらしい。
鄧科監督がわざわざ男女平等や一夫一婦制を持ち出し「ドラマ化するにあたり原作小説から改編した」と語るのは、そういう事情があったからなのかも。



キャスト その③:蘇府の人々

贅婿

劉冠麟(リウ・グァンリン):蘇文興

蘇府の分家、蘇仲堪の息子で、蘇檀兒の従兄。
父とタッグを組み、本家の娘 蘇檀兒が家業を継ぐことを阻止し、財産をせしめようと画策。

…と書くと、イヤな奴みたいだけれど、お間抜けで、やる事なす事ことごとく失敗するから、憎めない。


扮する劉冠麟は、1981年、黒龍江省出身、北京舞蹈學院 音樂劇系(ミュージカル)卒。
今まで脇でちらちら見掛ける程度だった劉冠麟は、特別美男でもなければ不細工でもなく、要は決定的な特徴がなくフツーなためか、印象に残りにくかった。

贅婿

現在、日本ではたまたまもう一本の出演作『始皇帝 天下統一~大秦賦』も放送中。
そちらでは、趙の奸臣 郭開(?-?)に扮しているのだが、渋い作風から浮かない演技をしているため、インパクトは弱め。

…と言うか、『贅婿』での蘇文興が、インパクト強過ぎるんですよねぇ?!
顔だけでも強烈に記憶に刻まれる。
なんか赤塚不二夫のギャグ漫画をそもまま実写化したようなお顔
見た目だけでも面白い。





贅婿

王成思(ワン・チョンスー):耿直

蘇家の護衛。
当初、婿としてやって来た寧毅を敵視していたが、次第に慕うようになり、主従関係を超えた寧毅の良き相棒に。


扮する王成思は、1983年、山西省太原出身。
北京電影學院卒業後、舞台を中心に映画製作や俳優のマネージメントを行うお笑い集団 開心麻花に加入。
開心麻花では、俳優業のみならず、舞台演出なども行っているらしい。


贅婿

(麻原彰〇…?)
開心麻花制作のコメディ映画『羞羞的鐵拳~Never Say Die』(2017年)が公開された当時、鄧科監督はそれを観た友人から「王成思は君に似ている」と盛んに言われ続けたことで、王成思という俳優を意識するように。

その後、『贅婿』のキャスティングを考えている時、助監督が持って来た耿直役候補者たちの資料の中に、あの王成思も。
“ヒゲ面の容貌で恋愛小説が好き”という設定の耿直のイメージに王成思はぴったりだと感じ、起用を決定。

ただの“見た目採用”だけだったとは言わないが、確かに王成思もまた見た目のインパクトが強く、それが耿直という役を魅力的にするのに役立っていると感じる。
今どきの俳優には珍しい大きな頭、短い腕、コロコロしたボディ…。
画面に登場するだけで微笑ましい、癒し系ヒゲ面の熊さん。


キャスト その④:江湖の人々

舞台を霖安城に移し賊の争乱を描くドラマ後半には興味がないのだけれど、それでも簡単に3人だけキャストを書き残しておく。

贅婿

海一天(ハイ・イーティエン):方天雷

賊寇の頭目。
通称“聖公”

海一天も、『慶余年』に出演。

贅婿

『慶余年』での役は、鑑査院の朱格

『贅婿』だと賊の頭目なので、スタイリングががらりと異なり、当然印象も随分違っている。
『贅婿』では、“ワイルドな宇崎竜童”って感じ。





贅婿

蔣依依(ジャン・イーイー):劉大彪/劉西瓜

方天雷の養女で、霸刀營の若き統領。
“西瓜”は幼名。
亡くなった父を偲び、父の名“劉大彪”を名乗る。
軍師に任命した寧毅に恋心。

この西瓜は、ドラマだと、寧毅と形ばかりの結婚をするが、原作小説だと、その結婚で、“寧凝”という娘を産むらしい。
まったく、寧毅ってば…。


扮する蔣依依は、2001年、北京出身、中央戲劇學院に在学中。
子役出身だから、若くても出演経験豊富。

贅婿

子役仲間 吳磊(ウー・レイ)との想い出ショット。
こうやって見ると、どちらも成長しましたね。





贅婿

劉已航(リウ・イーハン):陳凡

劉西瓜の部下。
密かに西瓜に恋心。
当初、西瓜に目を掛けられる寧毅を敵視していたが、恋の悩みに助言をくれる彼にすっかり心酔。


陳凡役の劉已航は、私にとって『贅婿』がお初!と思ったら、…違った。
彼、鄧科監督作品は 『ミステリー IN 上海 Miss Sの探偵ファイル~旗袍美探』からの続投。

贅婿

『旗袍美探』で、主人公 蘇雯麗の運転手をする青年コンビ老宋&小譚の内、小譚の方がこの劉已航。
言われてみれば、確かにあのお顔。御見それしました。

生年は、郭麒麟よりちょっと年上の1994年。
『贅婿』では、寧毅の口車にまんまと乗せられる単純なイイ奴をユーモラスに演じているし、時代劇の扮装もお似合いで、『旗袍美探』よりずっと存在感がある。


裏方スタッフ

これまでに私が観てきた鄧科監督作品はヴィジュアル面に何らかのこだわりが感じられたが、この『贅婿』は、衣装、美術、映像などが、正直なところ、中国の平均的な時代劇という印象で、ハッとさせられることはなく、凡庸と感じた。

念のため、裏方のスタッフを簡単にチェック。

撮影:宋文彬(ソン・ウェンビン)
美術:鄭靄雲(ジェン・アイユン)
スタイリング:陽東霖(ヤン・ドンリン)
衣装デザイン:吳少華(ウー・シャオホア)

やはり、前3作品から裏方さんが入れ替わっている。
(現代劇を得意とする人が時代劇でも優秀とは限らないので、スタッフの入れ替えは必然とも感じる。)

前作 『ミステリー IN 上海 Miss Sの探偵ファイル~旗袍美探』を撮った際、鄧科監督は「近年、監督たちは映画的な質感を追求しているし、自分もそうしてきた。しかし、テレビドラマが映画より下等ということはない」、「ドラマで一番重要なのはやはりあくまでもストーリーであり、それを疎かにして映画的であることばかり追求していたら、自己満足になってしまう…」と語り、時代に逆行するかのように、懐かしのテレビドラマ的画作りをしている。


『贅婿』が凡庸なのも、実は意図的なのかも?と想像したら、やはり今回も、ドラマで一番重要なのは物語という心境の変化から、『贅婿』ではムキになって映像美を追求するのを止めたと話している。

…つまり、こだわらないことこそがコダワリ

また、色んな物がゴチャゴチャに混ざり統一感がないのは好みではないため、『贅婿』の衣装は宋代風でまとめたとも語っている。

そんな言葉からも、架空王朝を描く『贅婿』のベースはやはり宋代であることが汲み取れる。


テーマ曲

ドラマのオープニングは、インストゥルメンタル曲(タイトル不明)。
エンディングは、鄭雲龍(ジェン・ユンロン)が歌う<水調歌頭>


このエンディング曲の大きな特徴は、蘇軾の詞に、本ドラマの音楽担当 胡小鷗(フー・シャオオウ)が現代的なメロディを付けていること。

贅婿

蘇軾=蘇東坡(1037-1101)は、今さら説明するまでもなく、あの豚の角煮“東坡肉(トンポーロー)”にも所縁がある宋代屈指の詩人にして政治家。


蘇軾の詞『水調歌頭』は以下の通り。

 水調歌頭:蘇軾  明月幾時有, 把酒問青天。
(中秋の明月 酒を取り 天に問う)
不知天上宮闕,今夕是何年。
(天上の宮殿 今宵この時)
我欲乘風歸去,又恐瓊樓玉宇,高處不勝寒。
(風に乗り行きたい 絢爛な御殿 高い所は寒いだろうか)
起舞弄清影,何似在人間。
(己の影と踊りを楽しむ 天界より心地がよい)  

轉朱閣,低綺戶,照無眠。
(月は豪華な窓にかかり 眠れぬ人を照らす)

不應有恨,何事長向別時圓。
(月は何ゆえ人を恨むように 別れの時は満月なのか)

人有悲歡離合,月有陰晴圓缺,此事古難全。
(人の世の常ならざる 月の満ち欠けは 古より成し遂げ難し)
但願人長久,千里共嬋娟。
(私の願いは一つ 千里の先まで照らす月光のように)

日本語訳は、ドラマからそのまま転載しております。)


では、現代に蘇った<水調歌頭>を。



なんか昭和歌謡っぽいメロディで、「ふぅ~うぅ~♪」って所がやけに耳に残る。


えぇー、あのトンポーロー、…いえ、蘇東坡が昭和歌謡に変身?!と驚く日本人もいるかも知れないが、実はこれ、一種のカヴァー曲というかリユースであり、目新しくはない。

タイトルこそ<但願人長久>に変えられているけれど、蘇軾のこの詞は、1980年代、梁弘志(ヴィンセント・リャン)が曲を付け、鄧麗君(テレサ・テン)が歌って大ヒット。

それをブログに貼ろうと思ったら、オフィシャルな動画はブロックされていたので、ここには、王菲(フェイ・ウォン)によるカヴァー版の<但願人長久>を。
王菲版も非常に有名。



女性が口にする中国語の発音って本当に綺麗。
この歌は、中華圏の音楽にあまり詳しくない日本人でも、聴いたことがあるのでは…?


『贅婿』のエンディング曲になっている<水調歌頭>と80年代ヒット曲<但願人長久>では、歌詞こそ同じでも、かなり印象の異なる歌に仕上がっている。
私は、<但願人長久>の方が好み。
(まぁ、聴き慣れているということもあるかも知れませんが…。)


日本のお仕事

ごく当たり前のことなのに、なぜかやらない配給会社が多いのが以下の2点。

人名は漢字で表記
エンドクレジットは勝手に消去せず、きちんと残す


ドラマ『贅婿』では、最低限のそれら2点を守っているので、“合格”といたします。

しかし、欲を言うならば、人名の漢字表記に付けるルビは、中国語発音を片仮名で表記するのではなく、日本語の音読み平仮名表記にして欲しかった。
(いっそルビ無しでも歓迎。)


『贅婿』で中国語発音片仮名ルビを採用したのは、『慶余年』に倣ったのかも知れない。
『慶余年』は架空王朝を描いているため、“劉備(りゅうび)”も“嬴政(えいせい)”も出てこないし、多くの登場人物の名前が一種の言葉遊びになっているので、中国語発音片仮名ルビにするのも理解はできる。

『贅婿』も架空王朝の物語なので、人名を中国語発音にしても支障は出ないが、かと言って、中国語発音を採用する意味もメリットも感じられない。

だったら、最低でも時代劇の場合、人名のルビは日本語の音読み平仮名表記にした方が好ましい。
理由は単純で、その方が字数を減らせスッキリする上、日本人にとって音に馴染みがあり、記憶に残り易いから。

『贅婿』の日本のお仕事は及第点を突破しているけれど、今後のさらなる改善を望み、感じた事を取り敢えず書き残しておきます。







頭の数話を観た時点で、話数が気になり調べたら、全36話
楽しいドラマだけれど、この内容で36話も持たせるのは困難だと感じたら、案の定、中盤で物語の方向性がガラリと変わる。

『贅婿』の評価は、それを受け入れられる視聴者とそうでない視聴者で、大きく異なるのでは。
前者なら、「視聴者の予想を小気味よく裏切ってくれた!」、「視聴者を飽きさせない展開!」と楽しめるのかも知れない。

が、私は後者。
後半のあの大仰な展開は、私が求めていたものとは全然違うし、その意表を突く方向転換を良い意味での驚きとして受け止められず、ただただ退屈で、まったく頂けなかった…。

賊が出てくる後半20話は60話にも感じてしまうほど冗長。
もし『贅婿』が“入り婿さまの細腕繁盛記”に留まっている全20話のドラマだったら5点満点中4点くらいに評価したかも知れないが、実際にはそうではないので、せいぜい2.5点


これまでに観た鄧科監督作品の中ではワースト
鄧科監督のドラマで、視聴に苦痛を感じたのは、『贅婿』が初めて。
例えば、 『神探』は確かにラストには問題があるけれど、途中経過は楽しめるドラマであった。
ちなみに、私のBest of 鄧科監督ドラマは、現時点では、そうですねぇ、『旗袍美探』でしょうか。

『ミステリー IN 上海 Miss Sの探偵ファイル~旗袍美探』





そうそう、『贅婿』最終回にも触れておく。

主人公 寧毅は外交手腕を発揮、青雲六州を向こう十年自由貿易の地にし、武の皇子を人質として預けるという条件で、靖を懐柔することに成功。
気掛かりは、犠牲にしてしまった皇子のことくらい…。

一方、当の皇子は、まだ幼いということもあり、一年もすると、故郷の記憶も薄らぎ、靖の君主 百里弘亟を父と呼ぶように。
青雲六州での貿易は靖にも充分な利益をもたらし、国力増幅。
寧毅と交わした和議は、武、靖、どちらにとってもやはりwin-win…?

ところが、靖の百里弘亟は、側近の顧丞相に、そろそろ“計画”を実行に移せと命じる。
顧丞相は自信ありげにこう宣言する、「武を滅ぼします、一年以内に。」


靖のその顧丞相はお顔をよく見ると…

贅婿

な、な、なんと、現代で江皓辰を陥れたあの裏切り者 唐明遠であった…!
…で、おしまい。

(表面的には編集者の言う事を聞き、コメディの執筆に着手した作家だったけれど、徐々に自分が本来書きたかった江皓辰の物語にもっていき、してやったり。→ドラマを観終えた私は、編集者の意見は正しかったと確認。)


『贅婿』は、原題に“第一季”とあるように、続編“第二季”の制作が予定されているのだ。
でも、どうなのでしょう、需要あるの…??

ドラマ『贅婿』は原作小説のファンには評判が芳しくないと見受ける。
原作小説は、主人公 寧毅が大勢の妻妾を抱えてウッハウハ状態といった作風も男性読者にウケた一因だろうけれど、ドラマはそういう要素が排除されているので、“女子供向けのつまらんドラマ”になってしまったと失望を招いたのかも知れない。

私は原作小説を知らないけれど、『贅婿』はこの一本でどういうドラマかもう分かってしまったので、続編には興味なし。

日本だと、『贅婿』をどういう訳か『慶余年』の関連ドラマだと思い込んでいる人が少なからずいるようなので、そういう視聴者はついつい『慶余年』と比べ、なおのこと出来の差に失望するのではないだろうか。

そうなると、誰のために続編『贅婿 第二季』を制作するのか疑問…。


ちなみに、現地で『贅婿』と同年に公開されたもう一本の“『慶余年』絡み(と勝手に思われている)”ドラマがある。

贅婿

『雪中悍刀行~Sword Snow Stride』

『雪中悍刀行』は、主演の張若昀他多くのキャストがカブる、脚本が王倦(ワン・ジュエン)といった点が確かに『慶余年』と共通だが、だからこそ余計に『慶余年』と比較されたのか、『贅婿』以上に叩かれた。

視聴者に“二番煎じ”とか“ヒット作あやかりドラマ”という印象を与えてしまう物はやはり難しいですよね。
もしかして、『雪中悍刀行』と比べたら、『贅婿』の方がまだマシなのかも。


最後に、話は反れますが、『贅婿』のポスターの郭麒麟のお顔が気になってしまった。

贅婿

楊枝であとを付けたり、アイテープを使って、強引に即席二重まぶたを作っていますよねぇ…?

贅婿

劇中の郭麒麟の目元はこういう一重まぶた。
年齢を重ねると、目の上の脂肪が落ち、自然に二重になるタイプかも。

でもねぇ、キリンは今のままで充分可愛いから…!
わざわざ二重にしなくていい!
もしキリンが整形するとか言い出したら、周囲は全力で阻止していただきたい。